【放置は命の危険も】犬の停留睾丸、早期の去勢手術を

滋賀県草津市/大津市のエルム動物病院です。
今回は「犬の停留睾丸(陰睾)」について、その危険性と早期手術の重要性をお伝えします。

「うちの子、睾丸が一つしかないみたい…」
「片方はお腹にあるって言われたけど、そのままでいいのかな?」

お腹の中の睾丸、つまり「停留睾丸」は、将来的に「がん化」するリスクが非常に高く、放置すると命に関わる事態を引き起こす可能性があることをご存知でしょうか。

今回は、停留睾丸(陰睾)がなぜ危険なのか、そして手遅れになる前に何を知っておくべきか、実際の緊急手術の症例を交えて詳しく解説します。

 

■停留睾丸(陰睾)ってどんな状態?


停留睾丸とは、本来であればお腹の中から陰嚢の中に降りてくるはずの睾丸(精巣)が、お腹の中(腹腔内)や、足の付け根(鼠径部)に留まってしまった状態を指します。潜在精巣とも呼ばれます。

通常、睾丸は生後1〜2ヶ月頃までに陰嚢内に収まりますが、これが正常に下降してこない場合に停留睾丸(陰睾)と診断されます。片方だけの場合(片側性)と、両方の場合(両側性)があります。

お腹の中は、陰嚢よりも温度が高いため、正常な位置にない睾丸はダメージを受けやすく、様々な問題を引き起こす原因となります。

 

■なぜ停留睾丸(陰睾)は危険なの?放置するリスク


停留睾丸(陰睾)を治療せずに放置すると、主に2つの大きなリスクがあります。

① 腫瘍になるリスクが非常に高い

これが最大のリスクです。お腹の中や鼠径部にある睾丸は、正常な位置にある睾丸に比べて約10倍以上も腫瘍化しやすいことが分かっています。特に、「セルトリ細胞腫」や「セミノーマ」といった悪性の腫瘍になる可能性が高まります。腫瘍が大きくなると、お腹の中で破裂したり、他の臓器に転移したりする危険性があります。

② 精索捻転を起こす危険性

お腹の中の睾丸は固定されていないため、睾丸につながる血管や神経の束(精索)がねじれてしまう「精索捻転」を起こすことがあります。ねじれることで血流が止まり、睾丸が急激に腫れ上がって壊死(腐ってしまう)し、激しい腹痛や嘔吐などを引き起こします。これは緊急手術が必要な、命に関わる状態です。

このように、停留睾丸(陰睾)は体の中の「時限爆弾」とも言える非常に危険な状態なのです。

 

■停留睾丸(陰睾)で起こりうる症状


停留睾丸(陰睾)自体は、普段は特に症状を示しません。しかし、一度腫瘍化や精索捻転を起こすと、深刻な症状が現れます。

・お腹のしこり・膨らみ
腫瘍が大きくなると、お腹を触った時にしこりとして感じられたり、お腹が膨らんできたりします。

・激しい腹痛
精索捻転を起こすと、急に元気がなくなり、お腹を痛がって触られるのを嫌がります。

・元気・食欲の低下、嘔吐

・貧血
腫瘍が破裂して出血したり、腫瘍からのホルモンの影響で骨髄の働きが抑えられたりすることで、重度の貧血(再生不良性貧血)を起こすことがあります。

・メスのような行動(女性化)
セルトリ細胞腫という腫瘍は、女性ホルモンを過剰に分泌することがあります。その影響で、以下のような変化が見られることがあります。
―乳首や乳腺が腫れる
―オスなのに他のオス犬にマウンティングされる
-左右対称性の脱毛

これらの症状が出た時には、すでに病状がかなり進行しているケースが多く、治療が非常に困難になります。

 

■診断と治療


診断
触診で陰嚢内に睾丸が2つないことを確認し、停留睾丸(陰睾)と診断します。お腹の中のどこに睾丸があるかを確認するために、超音波(エコー)検査が非常に有効です。腫瘍化や精索捻転が疑われる場合は、レントゲン検査や血液検査も行い、全身状態を評価します。

治療
停留睾丸(陰睾)の治療法は、外科手術による摘出が唯一の選択肢です。通常の去勢手術と同様に、正常な位置にある睾丸と、お腹の中や鼠径部にある停留睾丸(陰睾)の両方を摘出します。手術は、症状が出る前の若くて健康なうちに行うことが強く推奨されます。一般的に、生後6ヶ月〜1歳頃が手術の適切なタイミングとされています。この時期に手術を行うことで、腫瘍化や精索捻転といった命に関わるリスクをほぼ100%予防することができます。

 

■停留睾丸(陰睾)の緊急手術、症例報告


10歳の柴犬のワンちゃん。「足の付け根がパンパンに腫れ上がっている」との主訴で来院されました。この子はもともと停留睾丸(陰睾)で、以前に他院で片方の睾丸しか摘出できていませんでした。

来院時、鼠径部に残っていた停留睾丸(陰睾)がお腹の中で巨大化し、ねじれて血流が途絶え(精索捻転)、壊死しかけている状態でした。激しい痛みを伴い、急性の重度貧血(ヘマトクリット値が13%未満、正常値は37%以上)に陥っており、命の危険がある非常に危険な状態でした。
停留睾丸

ここからは実際の手術症例をご紹介します。
手術中の生々しい写真もあるため、ご了承いただける方のみお進みください。

手術には輸血が不可欠と判断し、急遽、献血に協力してくれるワンちゃんを探し、黒のラブラドール・レトリーバーのワンちゃんが献血に協力してくれました。血液型検査とクロスマッチ試験(適合試験)を経て、緊急輸血を行い、手術を実施しました。
停留睾丸②

巨大化した腫瘤は、血管がねじれてうっ血していたり、壊死して非常に脆くなっていたりするため、絶対に破裂させないよう、細心の注意を払って慎重に扱います。万が一破裂すると、がん細胞や細菌、毒素がお腹の中に散らばり、非常に危険な状態になります。
停留睾丸③

腫瘍に栄養を送っていた血管は、異常に太く、血流も非常に多くなっています。これを複数回、何重にも、確実に出血しないように特殊な糸でしっかりと結びます。ここでの失敗は、命に関わる大出血に直結します。血管の処理が終わったら、腫瘍を周囲の組織から丁寧にはがし、体の中から安全に取り出します。
停留睾丸④

お腹の中に出血や、がんの転移(広がり)がないかなどを確認し、必要に応じて洗浄してから、お腹を閉じて手術は終了です。
停留睾丸⑤

摘出した睾丸はすでに壊死が進んでいたため、正確な病理診断は困難でしたが、腫瘍(セルトリ細胞腫など)が原因で大きくなり、精索捻転を起こしたと考えられました。飼い主様のお話では、恐らく半年前からしこりには気づいていたとのことでした。もし、もっと早い段階で、症状が出る前に手術を行っていれば、これほど危険な状態にならずに済んだ可能性が非常に高いです。

幸いにも、手術は無事に成功し、ワンちゃんは一命をとりとめることができました。

 

■飼い主さんにできること


停留睾丸(陰睾)は遺伝的な要因が大きいため、発生を予防することはできません。しかし、最悪の事態を防ぐために飼い主さんにできることがあります。

早期発見と確認
子犬をおうちに迎えたら、動物病院で健康診断を受け、睾丸が2つとも正常な位置にあるかを確認してもらいましょう。

症状が出る前の予防的な去勢手術
これが最も重要です。停留睾丸(陰睾)と診断されたら、必ず、若くて元気なうちに去勢手術を受けさせてあげてください。「症状がないから大丈夫」「手術はかわいそう」という判断が、将来的に愛犬を大きな苦しみに晒し、命の危険を招くことになります。

定期的な健康診断
何らかの理由で手術ができない場合でも、最低でも半年に一度は超音波検査などで停留睾丸(陰睾)の状態をチェックし、異常がないかを監視することが不可欠です。

 

■最後に


愛犬の体にメスを入れる去勢手術に、ためらいを感じる飼い主様のお気持ちは痛いほど分かります。しかし、停留睾丸(陰睾)の場合、その手術は「かわいそうなもの」ではなく、将来起こりうる「命の危険」から愛犬を確実に守るための、最も愛情のこもった選択です。今回の柴犬のワンちゃんは、多くの幸運が重なり助かりましたが、一歩間違えれば手遅れになっていた可能性も十分にありました。

「うちの子は大丈夫だろうか?」と少しでも不安に感じたら、どんな些細なことでも構いません。手遅れになる前に、ぜひ当院にご相談ください。大切な家族の未来を守るために、私たちが全力でサポートします。

 

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